2016年12月20日のツイート
@prisonerofroad: 4件のコメント URL “響け!ユーフォニアム2 第11話「はつこいトランペット」 アニメ/動画 - ニコニコ動画” URL #響け!ユーフォニアム #animation
@prisonerofroad: “ダメ田十勇士、佐久間象山……最終回も遊び心の連続だった『真田丸』を経て、大河ドラマの今後の課題(木俣冬) - 個人 - Yahoo!ニュース” URL #真田丸 #interview
@prisonerofroad: “ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第38話「クレイジー・D(ダイアモンド)は砕けない その2」 アニメ/動画 - ニコニコ動画” URL #ジョジョ #animation
@prisonerofroad: RT @goushikataoka: FBの投稿を読んでいて気が付いたのだが、丁度4年程前に自分はこんな投稿をしていました。問題は変わらんな。→安倍政権の今後と日本経済 URL
@prisonerofroad: 9件のコメント URL “特集 さなイチ 別冊!インタビュー 時代考証 黒田基樹さん×平山優さん×丸島和洋さん|NHK大河ドラマ『真田丸』” URL #history #真田丸 #interview
@prisonerofroad: “長宗我部盛親の悪い話、井伊直孝のいい話 - 戦国ちょっといい話・悪い話まとめ” URL #history
@prisonerofroad: RT @flcl23: @robo1954 イングラ子… URL
@prisonerofroad: RT @bf_halkalabo: ユナイテッドステイツオブセガゲーム機戦争にセガが勝利し、ドリームキャストにより統一された世界。だが抵抗勢力が新型ゲーム機を開発しているというのだ???話第沸騰の改変歴史SF#ユナイテッドステイツオブジャパン #セガ #ドリームキャ…
@prisonerofroad: RT @masyuuki: こうして若気の行ったり来たりが暴かれるのも、SNSの時代なのだなあと思います(^_^;) URL
@prisonerofroad: RT @quiriu_pino: @各位 URL
@prisonerofroad: RT @yshibi: 台湾の某大学に集中講義に来ているんだが、授業時間50分。休憩10分。昼休み100分。学生が、めっちゃ集中している。日本の大学は授業時間90分。休憩15分。昼休み60分が標準的。そら集中力切れるし、昼から眠くもなるわな。大学の授業は90分で当たり前という発…
@prisonerofroad: RT @mamiyac330: なぜ、頭の良いエリートと呼ばれる人々が「スピ系」や「トンデモ」にはまってしまうのか、をつらつら考えるに、優等生にありがちな「何処かに正解はあり、その正解は先取的にこの私にもたらされる筈である」という誤信念にあるのではないか、という仮説に行き着く。
@prisonerofroad: RT @rekijoymary: 戦国武将と恋に落ちるみたいなゲームを時々見かけるけど、他ゲーと差別化を図るべくお相手を1.後藤又兵衛、2.森長可、3.水野勝成から選ぶなんぞいかがかに。
@prisonerofroad: RT @1059kanri: #真田丸 最終回ラストで佐久間象山を持ち出したのは強引では?という疑問から様々な歴史の話 - Togetterまとめ URL @togetter_jpさんから
@prisonerofroad: RT @tadataru: しかし近年の戦国ブームは08年くらいから続いてると思うんだけど、その間に4本の戦国大河が作られて、今回初めて「とりあえずほぼ全員が面白かったと言える大河」が出たんじゃないのかな。 #真田丸
@prisonerofroad: RT @1059kanri: スペシャルムービー「おんな城主 直虎」ライブ編 URLわりと近世寄りだった真田丸に対し、「極彩色の中世」って感じが出ていて、結構好きです
@prisonerofroad: RT @iga_iganao: 「家康」とツイッター検索に入力すると二番目にくるサジェストが「家康 かわいい」なんだよ…かわいい…かわいいと言われる権現様…あたらしい…もはや日光東照宮もかわいく見えてくる… #真田丸
@prisonerofroad: RT @Gonta_Lineiden: @Akira_Awesome @1059kanri となると、秀頼を身長6尺5寸(約197cm)・体重43貫(約161kg)の巨漢にせねばなりませんぞ。 URL
@prisonerofroad: RT @1059kanri: @Gonta_Lineiden 少なくとも歴オタレベルなら、最後に豊臣を裏切ることをみんな知っている大角与左衛門をあのポジションでぬけぬけと出してきたのが、三谷さんの脚本の凄味なのでしょうね
@prisonerofroad: RT @nantengoh: この先、SNSウケを狙ったようなドラマが増えませんように丸の成功はそれなりに理由があるから、巻き込み方の盛り上がりを狙うならキチンと分析されてからにしますように
@prisonerofroad: RT @kuroma_9: トークで前川さんが調略は本音で説得しなければならない、源次郎は本気で春日信達の為と思って説得したから心を動かされたと仰ってて、源次郎のヤバイ所はここだなと。終盤まで「豊臣のため」と本気で思いこんで行動していたから、周囲も騙された。URL…
@prisonerofroad: RT @1059kanri: 薩摩に残る秀頼生存説や真田幸村生存説などは、実際に薩摩まで逃げてきた大阪方の残党が居て、そういう人たちの狼藉が、大阪方を象徴する秀頼や幸村の伝承として収斂されて行ったもの、と考えるのが正しいのでしょうね。
@prisonerofroad: RT @1059kanri: ( ゚д゚)ハッ! URL
@prisonerofroad: RT @1059kanri: そしてこちらもわりと身も蓋もない「真田幸村父子?」生存説薩摩のとある村にて、浪人の親子・いい話? URL
@prisonerofroad: RT @1059kanri: かなり身も蓋もない伝承が残っている秀頼生存説 #真田丸>またある人が言うに、秀頼が薩摩に行った後、大酒で所々で困ったという。酒の負債が多くあったともいう。大坂落城の時、豊臣秀頼は URL
@prisonerofroad: RT @hayamiseo: 三谷幸喜が真田丸を書くうえで大事にしたこと。 URL
@prisonerofroad: RT @minoruno: あと歴史学者ストレイドッグスは作画監修:平田弘史先生・とみ新蔵先生の劇画兄弟にお願いしたい。昨今のなんでもかんでもイケメン化という波に一石を投じる本格血だるま武闘漫画に(それただの薩摩義士伝!) URL
@prisonerofroad: RT @1059kanri: そーいえば #真田丸 最終回の最後、松代藩が幕府崩壊のきっかけを作る佐久間象山を生んで云々と、真田の血があたかも最後に徳川の世をひっくり返したかのように言っていましたが、その佐久間象山が仕えた真田幸貫は松平定信の息子であり真田家に養子に入ったわけで…
@prisonerofroad: RT @yougoha: これ、源次郎は別に戦がやりたいタイプではなかったし、今も本人はそう思っているのだろうけど、いつの間にか戦に縋るしかない人間になってしまったんだなぁと少し悲しくなった
@prisonerofroad: RT @bottikurihu: 「天下は泰平の時代だ! 戦しか出来ぬ貴様の生きる場所など、もうこの世にないわ!」この世で徳川家康にしか言えない台詞だ。 #真田丸
@prisonerofroad: RT @bkmakoto: 佐久間象山に触れた最後は、いかにも三谷好みだなあ。…ただ、象山は「幕府崩壊のきっかけを作った」のだろうか?ていうか、彼の開国論を幕府が利用しようとしたために、幕政に反発する攘夷派によって殺されてしまった(=象山暗殺のきっかけを幕府が作った)のでは?
@prisonerofroad: RT @minoruno: @minoruno 網野先生はもののけを従えて登場とかどうだろう?
@prisonerofroad: RT @1059kanri: 文豪ストレイドッグスならぬ『歴史研究者ストレイドッグス』やったら色んな意味で恐ろしいことになりそう。ラスボスは徳富蘇峰か塙保己一か
@prisonerofroad: RT @1059kanri: 秀吉に妻と娘を「殺された」料理人の大角与左衛門、?川に妻を殺された真田信繁。ある意味、対となる存在であり、信繁が与左衛門にとどめを刺せなかったのは、彼を殺せば自分自身も否定することになるから、などもも思いました #真田丸
@prisonerofroad: RT @arsymaru: URL津軽に落ち延びた治部様の子孫も新政府側で戦ったんだっけ?とググって弘前藩のとんでもない事件を知る。小姓を巡って重臣が殿様と武力衝突。弘前藩の家臣が半分近く減っちゃった事件…。家族や親類の命よりショタ、っ…
@prisonerofroad: RT @otfsx1228: 長野県に「信濃の国」っていう県歌があるんだけど、あれの二番だか三番だかで、長野県の偉人の名を羅列してんだけど、木曽義仲の次が佐久間象山だったりする。って、京都で傍若無人に振る舞って、非業の死を遂げた人だけじゃん!(笑) URL…
@prisonerofroad: RT @1059kanri: #真田丸 最終回、大阪城から「逃げてきた」千姫を、家康も(史実とは違い)秀忠も、心から暖かく迎えたのが印象的でした。あの世界の徳川は、逃げる人を批判しない。
@prisonerofroad: RT @KCin_Tokorozawa: ちなみにこちらはWW2イタリア軍.綽名も「サムライ・ベスト」@1059kanri URL
@prisonerofroad: RT @ningengakuen: 泣きながら仕上げたのがコレ #真田丸 URL
@prisonerofroad: RT @1059kanri: 何が凄いって「沖田総司」が中国でこんなに広く受け入れられている事実だなあ。FGO、沖田総司で中国のAppStoreランキング2位に躍り出た模様 - 「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む URL
@prisonerofroad: RT @minoruno: GOZA先生が逆刃刀で戦っている。援護せねば。脱マルクス歴史学(`・ω・´)キリ! URL
@prisonerofroad: RT @shioyacoffeens: もう誰も長宗我部盛親様の話してないから上げておくゾ。|長宗我部盛親の悪い話、井伊直孝のいい話 【 戦国ちょっといい話・悪い話まとめ 】 URL
@prisonerofroad: “【真田丸】最終回 時代考証の丸島和洋氏による解説 「日の本一の兵」。夏の陣後、島津家久が国許に送った書状にあることばです - Togetterまとめ” URL #真田丸 #history
@prisonerofroad: RT @potmaster2: 1893年に出版された貧民街への潜入ルポルタージュ「最暗黒の東京」、下級食堂の下りで深川飯、モツ煮込み、焼き鳥など現代でも馴染み深い下町料理が紹介されていて面白かったんだけど、どれもクソ不味いという記述しかない URL…
@prisonerofroad: RT @1059kanri: 「花のようなる秀頼様を、鬼のようなる真田が連れて、退きも退いたり鹿児島へ」 #真田丸 の信繁を見て初めて、この歌のようであってほしかったと渇望した人たちの気持ちが解った気がしました。
@prisonerofroad: RT @1059kanri: エンディングであらためて思い出しましたが、そもそも真田信繁は第一話で?川から全力で逃げていたのに、いつの間にか、逃げることの出来ない人になっていたのだなあ。 #真田丸
@prisonerofroad: RT @1059kanri: #真田丸 の大阪城は、牢人たちに乗っ取られた城ではなく、死者に乗っ取られた城だったのだなあ。そしてその死者の魂から逃れられない者達が、大阪城とともに滅んだ。家康が戦っていたのは、死人の群だ。
@prisonerofroad: RT @mashiro_hime: 池袋だけ異世界すぎるだろ URL
@prisonerofroad: RT @1059kanri: 【真田丸】最終回 時代考証の丸島和洋氏による解説 「日の本一の兵」。夏の陣後、島津家久が国許に送った書状にあることばです - Togetterまとめ URL @togetter_jpさんから
@prisonerofroad: RT @mknhrk: そういや真田丸最終回、「秀吉を織田配下時代から知っている」という来歴が、信頼関係や絆を示したりはせずに、そこにある薄暗い過去の因縁や、大きな光に隠された無惨を示すエピソードに使われてたの、生々しかったなあ。
@prisonerofroad: RT @toruoga0916: ツイッターでも注目を浴びた。どこまでが史実でどこからがフィクションか、放送後に解説した。「なじみのない学説を使ったので、『でたらめだ』と言われるのを防ぎたくて」。真田丸「期待裏切らない終わり方」 時代考証の丸島さん:朝日新聞デジ https…
@prisonerofroad: RT @okumuratorucc: 「真田幸村」はあくまで戦国武将達が「こうありたい」と願ったものであって、戦国武将は「こう」ではないんだよな…………
@prisonerofroad: RT @momidiba: おぬしのような戦でしか己の生きた証を示せない輩に生きていく場所はないと言われてそのような事は百も承知という信繁はここで自分を犠牲にして豊臣の未来を掴むためと言うのかと思ったら死者についてしか言及してなくてなんかここであ、もうダメだなと思ってしまった…
@prisonerofroad: RT @anchovy_aid: 昨年があったから、今年最後まで応援できた、と思うと全てには何かしら意味があるんだ。 #真田丸
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 司馬さんの話をメインにしましたが、この手の話は昔から変わりなく、東アジア社会の特徴として議論されているところでして、悩ましい問題です。私としても、毎日新聞に続いて、産経新聞までが、江戸時代に作られた偽書を本物扱いして、歴史学徒として頭が痛いとこ…
@prisonerofroad: RT @gerrard_z: 丹下桜は、CCさくらの時も若いオタクに「名前聞いたことないけど新人かな?」と言われ、GF(仮)の時も若いオタクに「名前聞いたことないけど新人かな?」と言われ、今回の赤セイバーでも若いオタクに「名前聞いたことないけど新人かな?」と言われ、井上喜久子と…
@prisonerofroad: RT @hyon_noyh: なんのためについているかわからなかったり、違う使われ方してるけどなごりはバリバリある箇所っていいですよね URL
@prisonerofroad: RT @itallmatuzaki: これ、誤報だとおもいます。 URL
@prisonerofroad: RT @8024atc: そしてトーク後 URL
@prisonerofroad: RT @8024atc: トーク中 URL
@prisonerofroad: RT @1059kanri: @satoshin257 @TakahitoYamada 呉座先生のは、少なくとも「応仁の乱」ではそこが主眼ではなく、執筆上の立ち位置を表現された程度ではないかと。本質的な史観批判だと「戦争の日本中世史」のほうでハッキリとされているように思います。
@prisonerofroad: RT @fujitatakanori: 個別名や団体名を挙げたらキリがないです。従前の政権批判や政治批判を目的化した社会活動に傾倒しているものが多く辟易しています。貧困問題は結局その道具なのです。「貧困問題を悪化させている政治が悪い」と言いたいだけの方が本当に多いです。貧困問題…
@prisonerofroad: RT @TakahitoYamada: @satoshin257 『歴史学研究』やら、マルクス主義歴史学系の出版社が日本史学ではまだまだ頑張っているのが遠因かもね。中国史もかつては、文革を巡る路線闘争で書店の大安が分裂するという歴史がありましたからねえ。朋友とか燎原、汲古あた…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 池波正太郎さんもそうで、『真田太平記』でどう読んでも史料に基づいていそうな文章なんだけど、元ネタがまったくわからない、というのが結構あって、考証作業の初期はかなり混乱した。長野は優れた郷土史家が多いけど誰も触れていないし、未整理文書めくっても出…
@prisonerofroad: RT @Q47SM9: もう25年位前にも「あんなにあざとかったらヒットは当たり前」という人は居て、その時に思ったのです。「じゃあ、君はその絶対にヒットする自身の企画で、王子様に【タキシード仮面様】と名付ける度胸ある?」 URL
@prisonerofroad: RT @genkuroki: 選挙のときに共産党を一種の「安全牌」として利用して来た人達は多いと思う。私も筋が通らないことを批判してくれる可能性の高さに賭けて共産党に投票したことがあった。しかし、松崎さんへの仕打ちを見て、間違っても投票してはいけない「危険牌」だと認識を改めた。…
@prisonerofroad: “真田丸最終回、制作統括屋敷氏「船旅を無事終えた」 (日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース” URL #真田丸
@prisonerofroad: 4件のコメント URL “特集 インタビュー 徳川家康 役 内野聖陽さん ?短い時間で記憶に残るように?|NHK大河ドラマ『真田丸』” URL #真田丸 #interview
@prisonerofroad: "ほかにも、大河ドラマの放送を見て、自宅の蔵にある古い文書に気付いて、調査の結果、発見につながったというケースもありました。" / “「大河ドラマの放送期間中に新史料が発見される法則」とは? | NHKニュース” URL #history
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 堺雅人「真田丸」ラストへの思い なぜ幸村は目を閉じたのか(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース URL #Yahooニュース
@prisonerofroad: RT @SatomiNagano: 真田丸ファンの皆さん、ロスになっている場合じゃないのです!私が昨日PVの場を借りて申し上げたこと、「自分のやりたいことは自分の手でつかみ取ろう。スピンオフが見たい、紅白で見たい、来年イベントでまた見たい、これらの希望があるのなら 屋敷Pにハガ…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: @kazumaru_cf もちろん、本当に大変だったのは、芸能指導の友吉先生と所作指導の橘先生であることは申し上げるまでもなく、後で橘先生から「貴方は名前付けたら終わりだけどね。こっちはその後があるのよ」とやさしくお叱りを受けました。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: @kazumaru_cf 今回の大河で、僕にまわってきた「無茶ぶり」2件のうちのひとつです。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: .@kazumaru_cf 初校にあった「からす踊り」は、長野県北部飯山あたりの踊りなので、駄目出しをしたところ、責任取って考えてよ、ってなりましてですね(笑)。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 雁金踊り制作秘話。時代考証シンポで喋っちゃたんで、ちょこっと追加します。考証会議で「鳥っぽい別の名前」といわれて「ん?家紋のひとつが雁金じゃないですか!」っていったのが僕。URL
@prisonerofroad: RT @8024atc: しみじみと、昨年の衣装合わせに始まった撮影の日々を思い返しています。今はただ感謝の気持ちしかありません。全てのスタッフ、キャストの皆さん、応援してくださった全ての皆さんに心からの感謝を!!
@prisonerofroad: RT @YAMAGA_JINJA: 昨年8月31日山家神社にて #真田丸 の船出の安全祈願、本日再び三十郎(#迫田孝也)様絵馬奉納。信繁様との昇殿参拝時の絵馬をお探しのようでしたが現在は宝物館へ移しております。おこう様も河原様も小山田様もお礼参りに。夢の話ですが家臣の方々は以後…
@prisonerofroad: RT @echizen_no_kami: 真田信繁を討ち取った西尾宗次と信繁最期でのやり取りについては、時代考証をされた丸島和洋さんの『真田四代と信繁』(平凡社新書、2015年)や、長野栄俊さんの「西尾宗次の生涯―真田信繁を討った「無名の武士」の実像」(『若越郷土研究』61-1…
@prisonerofroad: RT @hayamayama: ドラマでも詳説でもゲームでも、入り口は何でも良い。興味を持って調べて、これは史実と違う、ここは史実に忠実&アレンジしてるってわかった時の驚きと感動も楽しいものよ(*´∀`)現地に足を運んでその土地の風景や気質を肌で感じるのも、また素晴らしい経…
@prisonerofroad: RT @echizen_no_kami: 本多正信の『本佐録』的名言もよかったけれど、真田信之が「行くぞ」と言ったラストもよかったね。昌幸や信繁は終わったけれども、信之や周辺の人々が乗った「真田丸」の“航海”はこれからも続くことを暗示させる。信之お兄ちゃん、93歳まで生きたんだ…
@prisonerofroad: RT @echizen_no_kami: (続き)もっとも二次史料という前提ながら、本多成重の弁舌の巧みさと胆力が窺えるこの逸話、「家譜」をはじめ越前側の資料には多く記載があるが、水野家側の資料には残っているのだろうか。だとしたらどのように伝わっているのだろうか?ちょっと気にな…
@prisonerofroad: RT @echizen_no_kami: (続き)審議の場では、本多成重が水野家側に、合戦のときに越前勢の旗は見たか?と問いかけるとともに、越前勢は水野家側の旗を見ていないと主張。つまり越前勢が水野勢の前にいたという謎理論(屁理屈?)。これにより家康らに越前勢が大坂城一番乗りを…
@prisonerofroad: RT @echizen_no_kami: なお大坂夏の陣の後、大坂城に一番乗りをしたという越前松平家に対し、三河刈谷の水野勝成側よりイチャモンがつき、どちらが先に城に一番乗りしたか家康・秀忠の前で問答することに。越前松平家の代表として出席したのは家老の本多富正(府中城主)と本多…
@prisonerofroad: RT @tkasuga1977: あと、拙著「なぜ時代劇は滅びるのか」で寺島進の演技に対して批判的なスタンスで書いていましたが、「真田丸」を見てそこは撤回して謝罪する・・・とここに記しておきます。お見事でした。
@prisonerofroad: RT @tkasuga1977: 「真田丸」に関する詳しい感想は28日の大阪ロフトプラスワンウエストでの単独トークイベントで語る予定ですので、気になる方はいらしていただけましたら、と。草刈正雄さんと大泉洋をはじめ、男優陣の演技やキャスティングの見事さ、それを活かした三谷脚本の分…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 「柿沢家文書」は、『新潟県史』編纂過程で発見されて、『新潟県史研究』に補遺として入ったのが最初ですね。 URL
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 当時は北海道に中世文書があるとはあまり意識されていませんでした。これが、山本勘助の実在を証明した最初の一通です。最近では「風林火山」放映後。山本菅助とその息子・聟養子宛の信玄・勝頼・家康文書が、コレクターの御子孫から、博物館に持ち込まれました。…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 御所蔵者は、長野県野沢温泉を拠点とする国衆市川氏の御子孫でした。市川氏は武田氏滅亡・本能寺の変後、上杉に従属し、会津、米沢と移り住みます。しかし明治維新時、米沢藩は奥羽列藩同盟につきますので、その後、北海道開拓民として移住していたのです。 ht…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 大河ドラマ「天と地と」では、武田信玄の書状が小道具として画面に映りました。その花押をみた北海道在住の方が、見覚えがあると研究機関に持ち込んだのが、「山本菅助」という記載のある武田信玄書状でした。 URL
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 取材にお答えしました。「大河ドラマの放送期間中に新史料が発見される法則」とは?URL
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: さすがにこのメンバーの中に入れていただくのは、恐れ多いです・・・。 URL
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: なんと平山さんまで。 URL
@prisonerofroad: RT @konosekai_movie: 12/23(金・祝)より第2弾来場者プレゼント決定!松原秀典さん描き下ろし≪クリスマスデザイン★オリジナルポストカード≫(数量限定・非売品)を上映中の全劇場で配布します。なくなり次第終了なのでお早目に♪劇場一覧→URL…
@prisonerofroad: RT @qina: あさイチで逃げ恥の作者の人が出てて「急ぎの条件の悪いお仕事を受けると次に繋がるかというとそんな事はなくて、結局同じ条件の仕事しか持って来ない。余裕が出来ると今まで頼めなかったランクの上の人に頼む」って言ってた。こういう発言が地上波のNHKのテレビに乗るのは良…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: これは清水プロデューサーのご英断。 URL
@prisonerofroad: RT @asahi: 「君の名は。」中国とタイで日本映画の興収新記録 URL
@prisonerofroad: RT @wdds_magir: 屋敷さんからのご挨拶「真田信繫、幸村のお話。ずっと講談などで語り継がれていた物語です。それを上田のみなさんがずっと語り続けてきたおかげで、真田太平記や真田丸などの物語に繋がって作ることができたのだと思います。上田のみなさん、ありがとうございまし…
@prisonerofroad: RT @mtki826: 十文字槍は重心・抵抗が先端にあるので大変扱いづらい上に、豪奢な造りでとても重量があった。しかも長さが一間半強(約3m)…。操作の複雑さは直槍とは全く異なる次元。殺陣の熟練者にも操作は困難。そんな槍にひとつの不平も言わず、全ての殺陣を見事に演じ切った俳優…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: パブリックビューイング、観客の皆さんの服装が赤一色だったんですよ。僕、あの日のTシャツは、スタッフTシャツの深紅だったので、思わず脱ごうかと思ってしまいました(苦笑)
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 本多正信の家臣を綱島十八騎筆頭近藤正次で提案してしたのは、「近藤正次 綱島」でググると地元のサイトで出てくる(から喜んでもらえるかもしれない、寺の開基だし)というのが一番なのですが、僕の母校が慶應日吉で、地理的に馴染みがあるという物凄い私的理由…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 第2回で林先生が登場して物語の実質的な幕を開け、最終回で中川先生が信繁たちと対峙して幕引きへと向かう、本当に粋な計らいでしたね。これからの大河を、引っ張っていってください! URL
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 49回の補足解説はね、下手なこと書くと最終回がどこで終わるのかをネタバレしちゃうことになりますから、一番気を遣いました。叔父上クランクアップとか、書けないわけで。(信繁の首実験は信尹がしている)
@prisonerofroad: RT @pesenka_pero: 原作より面白いと自分で言っていました。祖父の死後には父が映画化の許可を出してますし("恐怖奇形人間"か!とざわつく壇上)。まあ忘れられるよりネタにされるうちが華ですよ! まったく気にしません。」萩原孫「こっちは著作権とっくの昔に切れてんだか…
@prisonerofroad: RT @pesenka_pero: 客席からの質問(質問者は男性)「乱歩の著作権が切れたため二次創作が蔓延していますが、原作の原形をとどめていない作品も多くて乱歩ファンの私は納得が行きません。どう思われますか?」乱歩孫「祖父は二次創作には寛大でした。その最たるものは三島由紀夫…
@prisonerofroad: RT @kurokito: @syakekan 劇的に何かが変わるってのはまずありえない気がしています。で、歴史上劇的な変化があった、とされる事象って、実はその時代のほとんどの人がその変化に気づいていないことが多いと思います。フランス革命とかは別だろうけど
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 夏の陣の時点で、既に取り壊された真田丸が地名として徳川方から呼ばれているので(後藤又兵衛遺臣が長宗我部もいたのにと嘆いている)、真田丸の戦い、道明寺での伊達勢との激戦、家康本陣突撃の三段重ねで印象に残ったのでしょう。山科言緒も、真田と後藤を特記…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 安居神社のシーン、あれ、スタジオ撮影なんですよね〜。水まで流れていて、NHKスタッフの方も「これは力作だなぁ」と感心しておられました。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: あれ、信長の野望のCGです。なので、クレジットにシブサワ・コウさんの名前が入っています。 URL
@prisonerofroad: RT @satoshin257: 『真田丸』は、個人的には考証の成果とエンタメ性ががっちり結びついた理想的な歴史ドラマだったと思う。
@prisonerofroad: RT @mtki826: @KeijiFamily あの技を使うことを発案されたのは御本人と木村監督でした。その前段階として介錯の立ち位置を提案されたのは中川さん(若駒)でした。皆さんの思いが少しずつ積み上がって行くことの不思議さ、素晴らしさを強く感じました。『望みを捨てない者…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: そして信繁に返り討ちにあったのも、殺陣師の先生。 URL
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 実は佐助に返り討ちにあったのは、日の本一の殺陣師中川邦史朗先生でした。刀を振るう間もなく打たれるという、物凄い贅沢な使い方。 URL
@prisonerofroad: RT @samko_yuko: 時代考証本丸放送後の丸島先生のツイートみるのがおもしろかったです。#丸絵#真田丸 #丸島和洋 URL
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: うわ、凄い。ありがとうございます( ^ ^ )/□ URL
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: メモ帳まで。 URL
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: わわ、ありがとうございます! URL
@prisonerofroad: RT @tadataru: 「見てないことは描かない」ってのは『新撰組!』の時の「一日一話とする」と同じ作劇上のルール設定。あえて制約を加えることで物語を面白くする手法ってのは、やはり舞台をやって来た人ならではだと思う。 #真田丸
@prisonerofroad: RT @Yuri_Tsunematsu: 真田丸にすえとして出演することが出来て本当に幸せでした!初めての大河ドラマが真田丸という素敵な作品で、こんなに沢山の人に愛される作品で、本当にほんとに良かったです。またこの舞台に立てるように精進していきます!見てくださった方々…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 真田丸最終回、制作統括屋敷氏「船旅を無事終えた」(日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース URL #Yahooニュース
@prisonerofroad: RT @nonomaru116: 信之の息子たちを見ると、信吉は気が弱かったのがいつの間にか主人・兄としての配慮のできた言動ができるようになっていて、逆に屈託を抱えた弟も、最後に大きな挫折を味わって、気持ちの変化が少し見え、それぞれ別な形で成長を描いていたように見えましたな。…
@prisonerofroad: RT @Yaddeyo: 矢沢丸第50話「船出」我らの真田丸も50話の航海を無事に終えました。この1年、多くの方々と出会い、共感し、成長してきた年でした。でもね、立ち止まってる暇はありません!新たな拡がりを実現させるべく先に進みましょう!!いざ!それぞれの航海へっ…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 堺さんから頂いた名称は、三人衆でした。 URL
@prisonerofroad: RT @ebisukosyo: 史料集としてもお使いいただけるようになっております。こちらも今週末から徐々に書店様に並ぶ予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
@prisonerofroad: RT @ebisukosyo: 【新刊案内】黒田基樹著『近世初期大名の身分秩序と文書』(戎光祥研究叢書11。A5判・上製・465ページ。定価9500円+税)が刷り上がって参りました。本書は近世初期大名の発給文書を分析し、権力の変質過程を論じております。また、巻末には小早川秀秋と…
@prisonerofroad: RT @8024atc: 「真田丸」遂に終わってしまいました。ご視聴いただいた皆さん、本当にありがとうございました!走馬灯のように過去を振り返るのではなく、愛する者たちのその後を想像する幸村の姿に胸あつくなりました。悔いなき人生とはそういうものなのかもしれません。江雪斎もチラッ…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: ダメ田十勇士、佐久間象山……最終回も遊び心の連続だった『真田丸』を経て、大河ドラマの今後の課題(木俣冬) - Y!ニュース URL吉川プロデューサーインタビュー最終回です。お疲れ様でした。
@prisonerofroad: RT @jimuyakagyo: しかし、決戦のさなかでも信吉と信政のドラマをきっちり挟んでくるあたり、真田家の物語に徹していたのがすばらしい。彼らももとより「真田丸」の乗組員なのだということをあらためて強調する作劇。ブレない。 #真田丸
@prisonerofroad: RT @usataro1999: 三谷氏自身が話していたように今年の大河は、時代考証がその仕事としての枠をきちんと守りながらも、物語展開のコアな部分に大きく貢献した作品だったと思う。そういう意味では、歴史系ドラマにおける時代考証の役割が大きく変わる転機となる作品だったのかもしれ…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 阿梅は高梨内記の娘(真田丸でのきり)出生の可能性が高いのですが、かつて真田氏の子孫会が行った調査で大谷吉継娘(真田丸での春)出生という異説が提唱され、また阿梅の菩提寺当信寺(白石市)で大谷吉継娘の供養が行われているので、彼女が生母の可能性もある…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: ただ、まだ総集編がのこっておりますので、ぬかりなく、お願い申し上げます。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 皆さんのツイートは、NHKのスタッフに届いています。俳優さんが集まった際に「丸絵上映会」などが行われたこともありました。本当に、視聴者と制作側の距離が近い大河であったと思います。これからも、そうした形が続くことを、祈念してやみません。いろいろと…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: そうした新しい成果の発信にも力を注いでいきたいと思いますが、まあ2年間以上、お手伝いを続けておりました。そろそろ史料に埋もれる生活に戻ろうと思います。ただ真田関係は、折角の機会ですので、論文集・史料集まだまだ準備中です。そちらのほうの成果も、お…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: ツイッターのフォロワー数も、気がついたらびっくりするような数字になっておりました。歴史学というものは、色々なものの見方がありますし、常に研究は前進しています。今年は本当に多くの提案をドラマに活かしていただきました。逆に、まだ時期尚早と見送ったも…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 大河ドラマの時代考証などという大役を、40にもなっていない若僧がやるというのも異例ですし、本当に異例ずくめだったと思います。そうした大河ドラマに関われたのは、研究者人生のなかで、幸せなことであったと思います。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 本当に「真田丸」は、屋敷制作統括のもと、吉川プロデューサーが、独自の時代考証・風俗考証会議のあり方を考案し、三谷さんもそれを縦横に活用してくださいました。堺さんに代表される俳優陣、助監督や美術、さらには広報といったスタッフも同様で、気持ちよくお…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: さて、こんなところでしょうか。一年間、番組を視聴して下さった皆様には、制作サイドの一員と言うのも変かも知れませんが、私からも御礼申し上げます。本来なら裏方であるべき時代考証がこんなに出しゃばっていいのかという思いもあるのですが、予想外の長旅も、…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: なお大久保彦左衛門の『三河物語』では、井伊直孝に降伏勧告をさせたところ、大野治長が「降伏するので、秀頼・淀殿が乗る輿を用意して欲しい」と回答。「淀殿はよいが、他の者は馬か徒歩で」と戻したら、「それでは受け入れられない」となったとあり、何らかのや…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 最後千姫。ドラマでは秀忠は喜んでいましたが、秀頼の助命嘆願を冷たくあしらったとも伝えられています(家康は秀忠に言えと濁した)。やはり秀忠にとり、豊臣を滅ぼすことは、大前提であったようです。どうも、温度差が家康との間にあるんですよね。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 清水Pに「近藤正次でどうでしょう」ってメールしたら、「最高です!」と返信もらって、最初「なんで?・・・あ、そっか」みたいな。狙ってないよ。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: これが、総集編以外の最後の仕事でした。小川君に手伝って貰ったんですが、丸一日かかっちゃった。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: それで家臣ではなく正信の与力(つまり身分は幕臣)なのですが、横浜市港北区に綱島十八騎という集団がいまして、その頭をセレクトしました。名前は、「近藤正次」。この方に、近藤正臣さんの家臣になっていただきました。キャストクレジット、入っています。横ス…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: これは調べ出すとなかなか厄介でして、本多家は正純の代に改易になっているものですから、旧臣たちの動向が追いづらい上、旗本になった者も本多との関係を系図に記載していないのです。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: なお、私のもとに来た最後の考証案件は、「大坂からの急報」を伝える本多正信の家臣に名前を付けて欲しいというものでした。当初すぐに浮かんだ重臣(対上杉担当)がいたのですが、確認したところキリシタン絡みの不正事件で処刑された岡本大八の実父とわかり、も…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 信之が領国統治に意を注いだ名君となっていく(実際にはもうなっていますが)ことを示唆する終わり方といえましょうか。もっとも、この後起こった島原の乱では、また諸大名が戦争のしかたがわからなくなり、信之のもとにアドバイスをしてくれと頼んでくるのですが…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 本多正信が伝授した領民統治の秘訣は、彼の著書とされる『本佐録』などに記された領民統治法のアレンジとのことです。もっとも、同書は実際には正信没後の成立なのですが、近世では正信の言葉として広まっていたようです。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 信之と本多正信。本多正信は、幕府と真田家を結ぶ取次役(上杉の取次役でもある)ですので、後見人的立場で、しばしば助言をしていました。前にもお話ししましたが、昌幸赦免を正信が取り成そうとしたのも、こうした背景があります。ですので、個人的に感慨深いシ…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 家康・信繁の対決、そして秀忠登場というシーンは、本作のひとつのテーマかと思いますが、このあたりは、発言は差し控えたいと思います。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: ようするに、信繁の最期についてはなかなか確定が難しいというのが実際のところです。なお、「真田太平記」の時も、「手柄にせよ」といって自刃という形でして、このあたりは作劇の世界かと思います。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 全体的に、忠直は信繁を含め、3750もの首を討ち取り、大きな恩賞をもらえると思っていたところ、抜け駆けで家康の不興をかって思い通りにはいきませんでした。したがって、細川忠興の認識も、忠直の働き事態にそもそも問題が多いというバイアスがあるやもしれ…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: いっぽう細川忠興は、信繁は疲れ果てて休んでいるところを討たれたので、「手柄にもならなかった」と述べています。同時代の証言として貴重ですが、これまた彼自身が見たわけではありません。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 当時の合戦では、同僚に第三者証言をしてもらうことで、戦功の認定をしてもらうことが一般的でした。しかし西尾の場合、「誰も見ていないところで、誰だかわからなかった」という証言と、「殿様の御前で信繁を討ち取った」という証言があり、矛盾をきたしています。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 場所は生玉と勝蔓の間の小高い丘で、互いに馬からおりて鑓をつきあわせて討ち取ったといいます。ただこの場所は、安居神社とは位置が異なります。また今年見つかった西尾の書状では、「殿様の御前で討ち取った」とまったく別の申し立てをしています。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: そして休んでいるところを、越前藩士(松平忠直の家臣)西尾仁左衛門に討たれたとされます。西尾は、武田の旧臣でしたが、当時信繁はまだ子供でしたので顔がわからず、陣所に帰って初めてわかったと報告しています。これが、数年前に見つかった西尾の経歴書の記載…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: その間信繁の突撃で、家康本陣を守る旗本は敗走し、馬印まで倒されました。本陣が「後退する」ことは敗北の象徴ですから、これは大きな危機なわけで、宣教師によると家康は切腹を口にしたといいます。ただ、ちょっと誇張かな、という気はします。しかし信繁も、三…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: これが大角与左衛門がつけたとされるものだと思うのですが、これで今度は「寄せ集めの牢人」の弱さが出てしまいます。これまでは、徳川方が冬の陣で初陣を済ませたばかりの者が多い上に、抜け駆けや同士討ちで混乱していたのですが、今度は「結束力の無い」大坂方…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: で、ここまではどうも大坂方がかなり有利に戦闘を進めたようなのです。しかし宣教師の報告書によると、大野治長が秀頼出馬を求めようとした際、秀頼馬印まで持って帰ってしまった。それが秀頼本人が自分たちをみすてるように見えた。さらに大坂城を振り返ると、火…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: そうであれば、本多勢の与力である信吉勢から姿がみえるのではないかという話になり、それが三谷さんの作劇で、三十郎との別れとなった次第です。ここも、涙腺がねぇ。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 信繁勢の突撃ルート。実は真田隊を後から側面攻撃して突き崩したとかそういう史料はあるのですが、家康本陣につくまで、どの陣を突破したとかそういう話がよくわかりません。軍事考証会議で、混乱する忠直勢・本多勢などの隙間をすり抜けたのではないかという形が…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 大助が大坂に戻った理由は、道明寺の戦いの矢疵説、人質説、出馬説得のための使者など諸説有り、それをすべて織り込んだ形になっています。親子の別れ、切ないシーンでした。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: なお、劇中で信政の行動の結果として報告されている戦死者は、信吉勢の夏の陣全体の公式の戦死者名簿に基づいた数字で、家老クラスも含まれる激戦でした。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 幕府方の同士討ちはあちこちでおこったようで、このため信繁が「浅野が寝返った」という噂を流したところ、見事に疑心暗鬼に陥ってしまったとされています。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: この合戦の徳川方はかなり酷いものでして、抜け駆けをしたあげくに本多忠朝(忠勝次男、真田信吉の寄親)は討死、伊達政宗は幕府方大名を間違って壊滅させてしまい、島津から罵倒されています。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: ただ、戦後味方が攻められているのを傍観したと叱責を受けた大名もおり、信政の行動も、実は正解です。ようするに、非常に難しい判断なわけです。その上で、信吉が自分の命令を無視した信政に礼を言うということで、息子達の世代の成長譚となりました。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: この点につき、三谷さんから「どうして悠長に構えていたのか」というご質問をいただきました。答えは、「初陣の息子義直・頼宣に実戦を見せようと、彼らの到着を待っていたから」です。信吉が「まだ、攻めかかれという命令を受けておらぬ」としたのはそれを受けて…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: これは家康からすると、まったく想定外の事態でした。というのも、そもそも徳川方はまだ布陣が完了していなかったからです。特に家康は、布陣が終わるのを待つつもりでいました。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 両軍とも「指示を待ち、迂闊に攻めてはならぬ」という指示が通達されていました。ところが、ここまでの戦闘で、家康から叱責を受けていた松平忠直が、勝手に毛利勢に攻撃をしかけてしまいます。同様の状況にあり、思い詰めていた本多忠朝もこれに続きました。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 毛利勝永(正しくは吉政)は、夏の陣で信繁と並ぶ武功を立て、序盤戦で圧倒しました。実は信繁の部隊は、前日に伊達勢と激戦をしていましたから、かなり疲労が濃かったので、動きは毛利隊のほうがよかったと推測されます。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 明石全登が船場口から別働隊として背後を遅う計画だったというのは軍記にみえるのですが、当時の史料を眺めてみても、蓋然性が高いものと思います。ただ、結果的にうまく連動できなかったのですが・・・。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 誰に話してもらうのが、一番相応しいか、という作劇なのだと思います。もっとも、家久は「惣別これのみ申す事に候」(みんなこのことばかり言っている)と書いているので、「日の本一の兵」と言ったのは、実は家久ではなく、他の諸大名であったりします。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 「日の本一の兵」。夏の陣後、島津家久が国許に送った書状にあることばです。本作は信繁の死の瞬間で終わりにする(信之は別として)ことは比較的早い段階で決まっていたので、冬の陣で信繁がもっとも尊敬し、かつ彼を息子の如く可愛がっている景勝、そして今回の…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 大角与左衛門。5/7に内通して火の手をあげて内通した台所頭です。内通書状の小道具で、署名を最初「お」にしていたのは、織田有楽斎と誤認させるための演出ですね。後藤又兵衛の家族のところでちょっと解説を濁したのは、今回の話の前振りだったためでした。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: この物語では、単なる足軽集団で、忍者ではないですね。なお、その会議の時に「ご覧になりました?」と聞かれ、「えーと、ちょこっと」といったら関係者が複数いて、びみょーな空気になって焦りました。改めてみましたが、切ない物語ですね。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 冒頭、出てきた不可思議な集団は、放映開始時に作成されたPV「ダメ田十勇士」のメンバーです。下の名前だけ、いわゆる「十勇士」の名前になっています。特別出演という話は前から出ていまして、彼らの台詞は元のPVのイメージと変えると台無しなので、特に考証…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: どうしようかと思いましたが。やはり心理的なケリをつけてしまいたいので、真田丸、最後の補足です。ついに最終回。まあ、総集編であるかもですが。叔父上の打ち上げツイートを眺めつつ、ちょこちょこと。
@prisonerofroad: RT @lQh3T7KDSGnhXxq: #真田丸江戸時代から「惜しいかな後世、真田を言いて毛利を言わず」と学者に嘆かれるくらい、活躍の割になぜか知名度が低い毛利勝永が400年の時を超えて遂に「日の本中に名を轟かせた」ってほんと凄いとしか言えない
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: このナレーション追加が、吉川Pからきた最後の打ち合わせ電話でした。 URL
@prisonerofroad: RT @gen_senden: 星野源です。初めての大河ドラマ「真田丸」で過ごした時間は、本当に夢のようでした。徳川秀忠としてのファーストシーンからアップまでの約7ヶ月間、様々なことを学ばせて頂きました。スタッフの皆様。共演者の皆様。そして観てくださった多くの皆様。本当にありが…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 今年は時代考証会議と風俗考証会議を一緒にやったので、いろいろ議論ができて良かったです。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: しかし、今日の時代考証シンポは、微妙に二日酔いだったので、妙にノリノリでさせていただきました。本当は、風俗考証の佐田先生もお呼びしたいところでしたね。あちらもなかなか光が当たらないから(さなイチではしばしばでてますが)、面白い話の宝庫ですよ。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: これね、役者さんどころか、NHKの中枢スタッフもごく一部を除き知らなかったそうなんですよ。 URL
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 特集 インタビュー 徳川家康 役 内野聖陽さん ?短い時間で記憶に残るように?|大河ドラマ『真田丸』 今まで誰も見たことないような家康像を作り上げた内野聖陽さん。最終回のエピソードを語ってくださいました。 URL…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 吉川プロデューサーから慰労の電話を頂戴しました。いやホント、楽しくお仕事をさせていただきました。
@prisonerofroad: RT @koeitecmogames: 大河ドラマ『真田丸』は本日終わりました。今回、シブサワ・コウが3DCG地図を監修させていただきました。皆様が、あの地図表現で大河ドラマをより楽しんでいただけたなら、シブサワ・コウ本人も喜んでると思います。「信長の野望」も「戦国無双」シリー…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 特集 さなイチ 別冊!インタビュー 時代考証 黒田基樹さん×平山優さん×丸島和洋さん|大河ドラマ『真田丸』 『真田丸』で時代考証を担当していただいた黒田基樹先生、平山優先生、丸島和洋先生に、クランクアップの際にお話を伺いました。 https:/…
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 「組!」って書いたほうが良かったかなぁ。あんまり説明するのも、興を削ぐかなと思ったんだが。もちろん、三谷さんの意図としてもこのつながりは副次的で、その後の信之、松代藩にも触れておきたい、という中の一部(だと思う、直接話してないから)のですが。
@prisonerofroad: RT @kazumaru_cf: 「!」でそれが何を指すか通じるかな、と思ったんだけど。台本印刷駆け込みで入ったラス1の考証でした(実はもう一個ある)。まあ、僕的には佐久間象山が松代藩士と知らない人が多いのでご紹介したかったのと、時間軸上松代の話ができなかったので、喜んでチェッ…
@prisonerofroad: RT @tou_ri: コーエーマップは東日本の地理壊滅マンには実にわかりやすかったんで割とマジにレギュラー化して欲しい>RT
@prisonerofroad: RT @maeda: ↑の後のいくつかのツイート,我ながら混乱してるので削除しました(すいません…).付加価値生産性を,各国の物価の差を調整して量で比べれば上記「米国のほうが高い」は正しくないです.ただ,サービス産業の場合正確な国際比較は難しい.URL…
@prisonerofroad: RT @maeda: 「サービスにおいては…価格が下落しても数量の増加に限界がある…価格下落下で利益を確保するにはコスト削減が必要になり、とりわけサービス産業の多くでは…人件費の削減に着手しがちになる」(p.6) / “日本のサービス産業の生産性は本…” URL…
@prisonerofroad: RT @maeda: 「デフレ経済下では、例え企業が生産性向上に取り組んでも、その成果は全て価格下落に吸収されてしまい、生産性の数値自体にも反映されない(企業の売上、付加価値額等につながらない)」(p.11脚注8) / “平成27年度 サービス産業の…” URL…
@prisonerofroad: RT @maeda: 大変良い試みかと.欲を言えば『体罰はこんなに有害』だけでなく『体罰は全く役に立たない』(役立つようにみえるのは錯覚)という話も加えるとよいかも. / “卒業生を加害指導者にさせない! 日体大が超本気で企画した「一生もの」の講義と…” URL…
@prisonerofroad: RT @maeda: いろいろ誤解を招く書き方ですね.たとえば米国と日本のすし職人が,同じ質の寿司を同じ速さで握れれば『物的生産性』は同じだけど,ここで言ってる『付加価値/労働時間』だと(たぶん)米国のほうが生産性が高いことになる. URL
@prisonerofroad: RT @GoHoo_WANJ: 【事件報道】覚せい剤使用の疑いで逮捕されていたASKAこと宮崎重明氏が不起訴になったとのことです。主要メディアは逮捕直後から宮崎氏が覚せい剤を使用したかのように断定的に報道していました(写真は産経新聞11月29日付朝刊社会面)。https://…
@prisonerofroad: 16件のコメント URL “アニメーション版「この世界の片隅に」を捉え直す(1)「姉妹は物語る」 ? マンバ通信” URL #この世界の片隅に #movie #animation
@prisonerofroad: RT @saitohisanori: 今年は #真田丸 が放送されたので、上田には史料や史実、あるいは物語を求めて多くの観光客が来ただよ。あれを見たら、地方の観光や経済のためには、学術的な発掘やら調査が大きく貢献する時代になったことが解るだよ。オラにも解る話だだよ。
@prisonerofroad: "指導者は最低限の科学的なものの見方を身につけておく必要がある。" / “日本経済研究センター JCER 大竹文雄の経済脳を鍛える 「体罰の有効…” URL #sports #education #economics #statistics
@prisonerofroad: RT @1059kanri: 夏目漱石『琴のそら音』より「そりゃあ忙しいだろう、何と言っても学校にいたうちとは違うからね、この頃でもやはり午後六時までかい」「まあ大概そのくらいさ、家へ帰って飯を食うとそれなりに寝てしまう。勉強どころか湯にも碌々這入らないくらいだ」#午後…